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ベックのニューアルバム『Morning Phase』を聴いていると、いろいろなことを思い出す。一聴すればわかると思うが、聴く側にある種の余裕を与えてくれる、そういう音なのだ。そして葬ったはずの過去の記憶も否応なしに蘇ってくるから大変だ。世界中にいるベックフォロワーの半分はこの体験をわかってくれるのではないかと思う。もちろん自分もベックフォロワーの一人だ。それは『Mellow Gold』を初めて聴いたときのことだ。これを聴いた瞬間、当時の自分はとんでもない大きな勘違いをした。作曲をしたこともないのに、これなら自分でもつくれると思い込んだのだ。ブレイクビーツに歌を乗っければいいんだ、と安直で滑稽な勘違い。しかし、そう思い込んだら自分でも止めようがない。そこでまず用意しなければならなかったものは、多重録音できる機材だった。金のない自分は知恵を搾った。親に『脳をリラックスさせることで頭の働きがすこぶる良くなるマシーン』が限定販売で格安で売っているから欲しいと偽チラシまで作って巧妙な嘘をついた。親がマシーンそのものよりも自分の頭の足りなさを自覚し、少しでも補おうと努力している姿勢に涙ぐんで、金を用意してくれたのだった。そうしてめでたく、6トラックまで録音できるハードディスクレコーダーを新品で手に入れることができたのである。さすがにサンプラーまでは買えなかったので、ドラム教則本に付いているCDのドラミングの音をひとつひとつ継ぎはぎして組んだ。まる一日かけて出来た3分04秒のブレイクビーツはグルーヴもへったくれもないリズム感0以下のグダグダビーツだったが、これも『ベック的、Mellow Gold的』と自分で解釈してしまったから都合がいい。その飽くまで『Mellow Gold的トラック』の上に、家にあったカラオケ用のマイクで、でたらめな英語でラップやら歌を吹き込んで、とうとう処女作を完成させたのだった。オマケに宅録ではどうしても生じてしまう劣悪なノイズも『Mellow Gold的ローファイサウンド』と解釈すればなお良しとなった。ここまでくるとポジティブ・シンキングも一種の狂気なのかもしれないが、曲がりなりにも曲ができてしまったことは本当です。だが『Morning Phase』はどうだろう。さすがにこの世界を真似しようとは微塵も思わない。ベックはなんだか遠いところへ行ってしまった。もちろん良い意味で。ただ委ねればいい、そんな感じだ。1曲目、厳粛なイントロが終わるとすぐに2曲目『Morning』が始まる。とにかく聴いてもらいたい。こんな朝を迎えれるのなら、なんて素晴らしいことだろう。自分のただただキツいだけの朝のイメージとは真逆の世界がここには広がっている。自分が求めていた朝はこれなのだ。この音が自分の住む世界だとしたら、5時にはパチッと目が覚めて、朝日の到来をゆっくり紅茶でも飲みながら楽しむことができただろうに。自分の朝は、分単位で時間を報告してくるあの投げやりなハイテンションのテレビ番組と共にあるものでは決してない!どの局でもいいから朝5時に『Morning』をコンセプトにした番組を考えて欲しいものだ。そんな番組が出来たとして、わざわざ5時に起きて見ることは絶対にないと思うが、要はそういう番組が存在してることで安心して寝ていられると言うこと。5時に目が覚めて『お、いまあれやってるな、よしよし、もうひと眠りしよう』みたいな安堵感が欲しいのだ。社長さん、テレビは見るだけじゃない、そんな番組あってもいいかもしれませんよ。そしてアルバム『Morning Phase』はどうなったかと言うと、どうにもならない。おだやかな川の流れのように淡々と進行している。そしてまたひとつ思い出した。夜も明けだす頃、部屋で独りぶっ飛んでた自分は、遊ぶのにも疲れて、なにげにテレビを点けて放心状態でザッピングしていた。すると延々とアメリカのどこかはわからないが、誰もいないビーチやら地平線に聳える山などの風景をただ延々と流している番組に目が止まった。原住民の談笑してる姿や馬、なにもないまっすぐな一本道をサイクリングチームが縦列で走ってるとこなどが順々に映る。だが、そこにこれといって派手な演出や大きな物語はなにもない。あれは完璧なCHILL OUT番組だったと思う。その番組に勝手にタイトルを付けるなら『まぁよしとしようじゃないか、そんなこと』だ。いや、いま思い返すと間違いなくそのメッセージが隠されていたと思う。これこれこれ!朝5時にやる番組!なんだ、どこかのクリエイターが自分の考えてるコンセプトをすべて組み込んで作っていたじゃないか。ベックがこの番組を見てなにかしらヒントにしていた可能性だってある。そういうことで『Morning Phase』を聴きたくなるときが、これからの人生の中で何度か現れるような気がする。それはいろんな意味で大きな出来事があった数週間後だ。『結婚』かもしれないし『銀行強盗』かもしれない『ジャンボ宝くじに当選』かもしれないし『亡命』かもしれない。失恋したとき『まぁよしとしようじゃないか、そんなこと』を録画しておけば良かったと悔やんだことを教訓に『Morning Phase』は銀行強盗したときの為に自分の側に置いておこうと思う。

文章・シノザキサトシ (禁断の多数決)

禁断の多数決 – Totally Confused (BECKのカバー)
※無料ダウンロードできます。