シノザキサトシ

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IHateCDS | menber of Kindan No Tasūketsu : sampler, synthesizer, guitar, vocal

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【物体はマッチを擦ったときの音のように現れた】

いまから1年ほど前、砂漠以外にはなにもないこの村に浮遊民族が訪れた。その顛末を見ていたのはコロンブ・ハッチャーマン(32)ただひとりだった。ハッチャーは空中に浮いて移動している人たちを見つけるなり、すぐさま真下まで走り寄って、開口一番「なにかくれ」とモノをねだったという。
「風変わりな人がいる=何か珍しいものを持っている」と勝手な連想をするのが得意なハッチャーだったが、それよりも彼のよいところは、何事も抵抗なくすべて受け入れる、その性格にあった。
事実、彼はどんなに珍しい民族が村に訪れても、誰よりも早く打ち解けていた。今回もやはり浮遊人に気に入られ、高価そうな絨毯を貰ったかと思うと、村中走り回って自慢していた。
そして浮遊人は村人全員にハッチャーと同じく絨毯を進呈することを交換条件に、しばらくの滞在の許しを求めた。村会議の結果、村人は彼らに半永久の滞在を許した。

始めは人が浮いている不思議な光景を飽きもせずに眺めていた村人も、いつしかそれは当たり前の日常となった。むしろ慣れすぎて、浮遊人が地上に降り、村の娘と談笑に花を咲かせている姿を見かけると、「地上で浮かれやがって!」と村人が嫉妬するほどであった。また、村にはなんでもオカルトで片づけるヤクザな宗教家がいたが、浮遊民族が現れてからは、すっかり大人しくなり、いつの間にやら床屋に転職して、村人や浮遊人の散髪に日々勤しんでいた。浮遊人は、それほどに村人の生活に馴染んでいたのである。

しばらくは空中でのんびり暮らしていた浮遊人だが、村に来て1ヶ月ほど過ぎた頃から急にせわしなく活動し始めた。
どこかに飛んでいっては、いろんな楽器を手に提げ戻り、所定の位置に置くなりまたどこかへ飛んでいく。そんなことを繰り返すようになった。
そして浮遊人が楽器を収集し始めて6日後、奇妙な形の物体が空中に現れた。
その瞬間を目撃したのは、結局コロンブ・ハッチャーマン(32)だった。ハッチャーの話によると、「物体はマッチを擦ったときの音のように現れた」のだそうだ。ハッチャーはたまに意味もなく詩人ぶって話をややこしくするのも得意だった。村人は大まかに「一瞬の出来事だった」と解釈した。
いつからか村人は、物体のことを『リバースター』と呼ぶようになった。意味が不明なだけに名付け親が誰なのかはすぐにピンときた。

浮遊人は、楽器をある程度集めると、今度は約束の絨毯をどこからか持ってきて村人に次々と提供し始めた。ハッチャーは村人に絨毯が行渡ったのを見計らって、自分の絨毯の上に座り『リバースター』に向かって手を振った。するとふわりと30cmほど浮いたのだった。それを見ていた村人は、驚いてすぐに自分の絨毯で試みた。誰の絨毯でもふわりと浮いた。村人が時間も忘れて絨毯に乗って楽しんでると、いつの間にかハッチャーは絨毯なしで浮いていた。先の先をいくハッチャーであった。


ハッチャーは村人を集めて、地面に蛇や鳥の絵を順々に書いていき、リバースターがなにであるかを説明した。しかし村人にはまったく理解できなかった。ハッチャーはトドメに「リバースターは自分自身なのだ」と、難解なことを言ってさらに場を混乱させた。
浮遊人は集めた楽器を使い、毎日リバースターの周りで演奏し、踊っていた。それに反応するかのようにリバースターは青白く発光した。演奏が終わるとまたもとの銀の光沢に戻った。
そして数週間が過ぎた頃、発光しているリバースターから大音量で音楽が流れだした。旋律やリズムは曖昧としていたが、村人はすこぶる恍惚とした気持ちになった。

活発な動きのあったリバースターにコンタクトしたのは、やはりハッチャーであった。「なんかくれ」と抜かりのない声が聞こえた。村人たちはリバースターにタメ口でいいのかとくだらないことを心配したが、ハッチャーの声に反応したのか、リバースターは、柔らかい閃光を砂漠に目がけて浴びせると、砂漠はまるで紙のようにペロリとめくれだした。リバースターの周りに曖昧で幻想的な美しい映像が映しだされた。それは瞬く間に空間に広がっていった。砂漠はみるみるうちにめくれだし、その下からまた新しい砂漠が見えていた。映像と砂漠はリンクしながら空間へと馴染んでいき、そのうち空間そのものとなった。

すべてが元に戻ったように感じたときには、リバースターも浮遊民族もいなかった。
残ったものは、村人が絨毯を自在にコントロールできる技術。そして、ハッチャーが浮遊人になったことだ。

村人は浮遊民族とリバースターがいつでも戻ってこれるようにと、村の目印としてピラミッドを建設した。その噂を聞きつけた世界の多くの人が村に訪れるようになった。もはや村の名物のひとりとなった元宗教家の床屋の主人は、床屋のくせにリバースター・キーホルダーを売り歩きながら誰彼かまわず観光客に話すのである


「そりゃ驚いたよー、不思議な音楽が流れ出すし、砂漠を布切れみたいにピラッとめくってどこかに隠したりしてさ、大人も子供も一緒になって大はしゃぎさ、でも恐怖とかはないんだ、こんなこと言ってもわかんないとは思うけどさ、実物のリバースター見たら、そんな気難しい顔はしないと思うなー」
ハッチャーは観光客になんでもねだっていたが、浮いてやってくるので人気者だった。

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JAWS 19 : text by シノザキサトシ

JAWS 19 : text by シノザキサトシ

ロバート•ゼメキス監督のSF映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が公開されてから30年が経った。
1作目は過去へ、2作目は未来へ、3作目は再び過去へとタイムトラベルする物語だ。もともと1作で完結していたはずの物語は、ビデオ化された際、ラストシーンで入れられた「TO BE CONTINUED…」のテロップが発端となり、世界中のファンが続編を待望した。それに応えるかのごとく、2作目と3作目が制作されたのだった。そして2作目にあたる『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の物語設定は、1985年10月から2015年10月にタイムトラベルするというもので、いよいよここにきて、現在が物語の未来を追い越すことになったのだ。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』を改めて観ると、この未来は、いまこの現実の現在とは当然のごとく、ズレが生じている。中でもいくつか興味深いズレがあり、目を惹くもののひとつとして『ジョーズ』シリーズの19作目が上映されていることがあるだろう。ホログラムの3Dジョーズが主人公のマーティに食いつくシーンを憶えている人も多いと思う。スティーヴン・スピルバーグ監督の出世作といわれる『ジョーズ』は75年に公開され、大ヒットし、この直後から、さまざまな亜流サメ映画、サメを他の動物に置き替えただけのアニマルパニック映画が制作され、誰しもがうんざりしつつも、いまだに性懲りも無く、手を変え品を変え、つくられ続けているのだが、現在、本家の『ジョーズ』シリーズは4作目にあたる『ジョーズ’87 復讐篇』で止まってしまっている。要するに『ジョーズ』シリーズ5〜18が空白のまま『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』は現在に来てしまったわけである。だからといって『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の未来をやはり空想のものだったと我々は悟ってはいけない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作を観て、胸をときめかせたものなら、誰でもこの未来は実在する未来として、いつまでも観ていたいのだ。マーティ達がこの世界のどこかで活躍していると信じているものにとって、この『ジョーズ19』も、もちろん実在している。タバコでも買いに出掛けたときにポッと思いついたような気もしなくもないこの無邪気な設定。それでも我々は、この空白の『ジョーズ』シリーズを5から18まで不眠不休で制作することになることに何一つ苦は感じなかった。それどころか、マーティがやって来る現在と同じ世界に生きていると信じて、映画と現実を繋げるのは、最高に粋な遊びと感じたのだ。では、これをつくることによっていったい現在に何か起こるのだろうか??何も起こらないかもしれない。だが、もしかしたら何か起こるかもしれない。そう考えると、何か起こるほうに賭けてみようではないか。どこかでばったりマーティに鉢合わせたとき、我々は彼にまず伝えることがある。それだけで充分じゃないだろうか。そういう気持ちの心構えこそがロマンなのであり情熱である。それを教えてくれたのは、当の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』なのだから、もうなにも言うことはないだろう。

禁断の多数決 シノザキ サトシ

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JAWS 10 : SUPER DUPER B SIDE

JAWS 10 : SUPER DUPER B SIDE

Directed by Satoshi Shinozaki (Kindan No Tasūketsu)
Music by Kindan No Tasūketsu, Other

JAWS 9 : SUPER DUPER

JAWS 9 : SUPER DUPER

JAWS 9 : SUPER DUPER
監督:シノザキサトシ (禁断の多数決)

REVIEW : BECK – Morning Phase

REVIEW : BECK – Morning Phase

 

ベックのニューアルバム『Morning Phase』を聴いていると、いろいろなことを思い出す。一聴すればわかると思うが、聴く側にある種の余裕を与えてくれる、そういう音なのだ。そして葬ったはずの過去の記憶も否応なしに蘇ってくるから大変だ。世界中にいるベックフォロワーの半分はこの体験をわかってくれるのではないかと思う。もちろん自分もベックフォロワーの一人だ。それは『Mellow Gold』を初めて聴いたときのことだ。これを聴いた瞬間、当時の自分はとんでもない大きな勘違いをした。作曲をしたこともないのに、これなら自分でもつくれると思い込んだのだ。ブレイクビーツに歌を乗っければいいんだ、と安直で滑稽な勘違い。しかし、そう思い込んだら自分でも止めようがない。そこでまず用意しなければならなかったものは、多重録音できる機材だった。金のない自分は知恵を搾った。親に『脳をリラックスさせることで頭の働きがすこぶる良くなるマシーン』が限定販売で格安で売っているから欲しいと偽チラシまで作って巧妙な嘘をついた。親がマシーンそのものよりも自分の頭の足りなさを自覚し、少しでも補おうと努力している姿勢に涙ぐんで、金を用意してくれたのだった。そうしてめでたく、6トラックまで録音できるハードディスクレコーダーを新品で手に入れることができたのである。さすがにサンプラーまでは買えなかったので、ドラム教則本に付いているCDのドラミングの音をひとつひとつ継ぎはぎして組んだ。まる一日かけて出来た3分04秒のブレイクビーツはグルーヴもへったくれもないリズム感0以下のグダグダビーツだったが、これも『ベック的、Mellow Gold的』と自分で解釈してしまったから都合がいい。その飽くまで『Mellow Gold的トラック』の上に、家にあったカラオケ用のマイクで、でたらめな英語でラップやら歌を吹き込んで、とうとう処女作を完成させたのだった。オマケに宅録ではどうしても生じてしまう劣悪なノイズも『Mellow Gold的ローファイサウンド』と解釈すればなお良しとなった。ここまでくるとポジティブ・シンキングも一種の狂気なのかもしれないが、曲がりなりにも曲ができてしまったことは本当です。だが『Morning Phase』はどうだろう。さすがにこの世界を真似しようとは微塵も思わない。ベックはなんだか遠いところへ行ってしまった。もちろん良い意味で。ただ委ねればいい、そんな感じだ。1曲目、厳粛なイントロが終わるとすぐに2曲目『Morning』が始まる。とにかく聴いてもらいたい。こんな朝を迎えれるのなら、なんて素晴らしいことだろう。自分のただただキツいだけの朝のイメージとは真逆の世界がここには広がっている。自分が求めていた朝はこれなのだ。この音が自分の住む世界だとしたら、5時にはパチッと目が覚めて、朝日の到来をゆっくり紅茶でも飲みながら楽しむことができただろうに。自分の朝は、分単位で時間を報告してくるあの投げやりなハイテンションのテレビ番組と共にあるものでは決してない!どの局でもいいから朝5時に『Morning』をコンセプトにした番組を考えて欲しいものだ。そんな番組が出来たとして、わざわざ5時に起きて見ることは絶対にないと思うが、要はそういう番組が存在してることで安心して寝ていられると言うこと。5時に目が覚めて『お、いまあれやってるな、よしよし、もうひと眠りしよう』みたいな安堵感が欲しいのだ。社長さん、テレビは見るだけじゃない、そんな番組あってもいいかもしれませんよ。そしてアルバム『Morning Phase』はどうなったかと言うと、どうにもならない。おだやかな川の流れのように淡々と進行している。そしてまたひとつ思い出した。夜も明けだす頃、部屋で独りぶっ飛んでた自分は、遊ぶのにも疲れて、なにげにテレビを点けて放心状態でザッピングしていた。すると延々とアメリカのどこかはわからないが、誰もいないビーチやら地平線に聳える山などの風景をただ延々と流している番組に目が止まった。原住民の談笑してる姿や馬、なにもないまっすぐな一本道をサイクリングチームが縦列で走ってるとこなどが順々に映る。だが、そこにこれといって派手な演出や大きな物語はなにもない。あれは完璧なCHILL OUT番組だったと思う。その番組に勝手にタイトルを付けるなら『まぁよしとしようじゃないか、そんなこと』だ。いや、いま思い返すと間違いなくそのメッセージが隠されていたと思う。これこれこれ!朝5時にやる番組!なんだ、どこかのクリエイターが自分の考えてるコンセプトをすべて組み込んで作っていたじゃないか。ベックがこの番組を見てなにかしらヒントにしていた可能性だってある。そういうことで『Morning Phase』を聴きたくなるときが、これからの人生の中で何度か現れるような気がする。それはいろんな意味で大きな出来事があった数週間後だ。『結婚』かもしれないし『銀行強盗』かもしれない『ジャンボ宝くじに当選』かもしれないし『亡命』かもしれない。失恋したとき『まぁよしとしようじゃないか、そんなこと』を録画しておけば良かったと悔やんだことを教訓に『Morning Phase』は銀行強盗したときの為に自分の側に置いておこうと思う。

文章・シノザキサトシ (禁断の多数決)

禁断の多数決 – Totally Confused (BECKのカバー)
※無料ダウンロードできます。

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